DXSOI

アーティスト名、経歴などを含め簡単な自己紹介をお願いします。
Soi 主宰の Dx です。質問の意図と若干違うような気もしますが、最初に DJ 名の変遷をザッと説明します。DJ 活動を始めた当初は本名で活動していましたが、ある時うっかり Wブッキングをしてしまったため、最初に声をかけてくれた方に「こっちはデラックスなプレイするから」という言い訳で DX を足したことから、KURASHIMA-DX が誕生。次に、KURASHIMA-DX から Dx に省エネした理由ですが、これはドラムンベース DJ に移行した後のことで、一言でいうと MC が DJ 名をリズミックにマイクに乗せやすいように、という機能的な理由です。KURASHIMA-DX だと、どうしても日本語ラップ的なモタったリズムになってしまうため、フライヤー上で目立たないこと、自分の前にクレジットされた DJ 名とドッキングしてしまうマイナス面より、現場でのパフォーマンスを優先しました。ただ一点、エゴサーチできないことが玉に傷です。経歴は追々。
自身が参加しているパーティー、Soiについてお聞きします。どのようなスタイルやコンセプトで開催していますか?
Soi は1997年の初めに、外国人女性労働者が立ち並ぶ大久保の裏通り沿いにある、以前は賭場だった文字通りアンダーグラウンドな PSY というクラブで Inza と始めたパーティーです。その箱では当時、DRUM&BASS SESSIONS (DBS) の神波さんや Makoto なんかがパーティーをしていました。Soi という名前は、元々は祭りの掛け声の「ソイヤッ!」と大豆の「ソイ」を掛けて「和」を意識した程度のものでしたが、漢字にすると “Soi=創意”、タイ語だと “Soi=ストリート” ということが後付けでわかったため、今では『Soi = ドラムンベースを日本オリジナルのストリートミュージックとして、クリエイティビティーをもって熱く発信するパーティー』という意味、と答えるようになりました。また、レギュラーパーティー以外に、サウンドシステム パーティーを行ってきたのも Soi の特徴です。UK から A-Sides & MC Fats を招いて、右翼団体が管理するフリースペースで Wサウンドシステム パーティーを行ったり、Jah-Light とジョイントでこれまた Wサウンドシスムテ パーティーを行ったり、現在の拠点 module にも毎回サブ ウーハーを導入して Soi を開催してます。ドラムンベースという音楽は、コンセプトがどうこうとかいう前に、音響がシッカリしていないと何の説得力もないし、僕らは単なる音楽的スタイルではなく、パーティーのあり方や活動自体で Soi のスタイルをアピールしてきたつもりです。そんな Soi のコンセプトを表す言葉は、“野蛮ギャルド”, “JUST DRUM&BASS”, “SUB BASS WARRIORS” など色々ありますが、考えていることはずっと一貫してます。『野蛮=太古から続く音楽的ルーツを継承するダンスミュージックであること』と『アバンギャルド=ドラムンベースの持つ音楽的実験性、未来を志向する姿勢』を両立させること。ドラムンベースは、単なるベースミュージックではなく、あくまでもドラムとベースのミュージックだという信念。そして、ドラムンベースというフォーマットにこだわるのではなく、ドラムとベースが生むグルーヴに徹底的にこだわること。この考えや活動に共鳴してくれる同志が全国各地に少なからずいることが、Soi にとっての一番の財産です。
今回 union を開催するにあたり柱となっている一人だと思うのですが、このイベントをやろうと思った切っ掛けなどありましたら教えてください。
このパーティを始めようと思った切っ掛けは、ドラムンベースというジャンルに対する危機感と期待感です。個人的な意見ですが、ドラムンベースというジャンルからの音楽的な刺激やシーンに関わる人からの人間的な刺激が、ある時期から急激に薄まってしまった感じがしています。フォーマットとしてのドラムンベースが好きな人だけのためにドラムンベースが一晩中鳴り続ける、閉じたドラムンベース パーティーには、大して興味はありません。その一方で、このところ東京には若きドラムンベース DJ やプロデューサーが増えているのも嬉しい事実です。バックグラウンドも様々だし、複数のジャンルやシーンにまたがって活動しているプレイヤーもいたりと、かつてのドラムンベースにみられた、オープンなコミュニティー性が再び戻ってきている気がします。音楽的にも、ハーフステップの定着やジュークとの邂逅、BPM の低速化やハードコアやダークのリバイバルなどかつてのドラムンベースが持っていた実験性と多様性が感じられます。東京シーンに新しいタレントやサウンドが出揃い始めた今、あと足りないのは、若い世代に僕らが培ってきたことを伝承したり、逆に僕らが若い世代から刺激を受けたりする場となるパーティーだ、そう思ったのがすべての始まりです。これまでにもシーンの集結が必要だと感じて行動したことが二回あります。一回目は1999年というまさに世紀末、1000年に一度のタイミングでドラムンベース オンリーのカウントダウンパーティー @ 新宿 LOFT をオーガナイズしたこと。二回目は2006年に “TOKYO ROCKERS” という日本人プロデューサー オンリーのコンピレーション CD を作ったこと (東京ロッカーズから命名)。三回目となる今回の union は始まったばかりですが、今後はこのパーティーをいつまでも続ける必要がないぐらい、シーンがオープンなまま活性化してくれればいいなと思ってます。
Dx さんは、現在日本で一番といってもよいロング キャリアの持ち主だと思いますが、1990年代、2000年代、2010年代とドラムンベースがどのように変化していると感じますか? 主に国内のシーンについて興味があるので教えて頂けますでしょうか?
この質問が一番答えるのが厄介な質問ですね。パスしたかったのですが、一言だけいうと、1990年代はまだまだ情報量が少なかったため、「知られていないドラムンベースという音楽をいかに知ってもらうか」という工夫が必要でしたが、情報量が圧倒的に増えた2010年代は「すでに知られているドラムンベースという音楽の、実は知られざる魅力をいかに知ってもらうか」という工夫が必要な点が、大きな違いなのではないでしょうか。何か言っているようで、何も言っていないです。
ドラムンベースの造詣が深い事はもちろんですが、その他大きなバックグラウンドも感じる事が出来ます。ドラムンベースに傾倒するまではどのような音楽を聴いていたのでしょうか。また現在はどのような音楽に興味がありますか?
小学校3~4年生の時にニューミュージック、5~6年生の時にロック (KISS大好き少年)、中高時代にメタル / パンク / ニューウェーブと出会い、その流れでレゲエ / ヒップホップを聴くようになりました。高校ではブラック・サバス & オジー・オズボーン専門メタルバンド “PARANOID” や、和モノ専門パンクバンド “ELEPHANT MILK”、その他にも先輩のプログレバンドなどあちらこちらでバンド活動をしてました。実はラグビー部にも在籍していたため、太ももがパンパンで細身のブラック ジーンズがまったく似合わなくて悩んでいたことを覚えてます。大学に入るとヒップホップ MC をしたり (近田春夫さんの手伝いとして ECD さんと一緒にタンテを運んだり)、スカバンドのベースをしたりもしましたが、クラブ三昧の自分にとっては MC やバンドより DJ の方が圧倒的な存在感を持っていたため、徐々にレコードを買い漁るようになりました。DJ デビューは1990年頃、友達が働いていた原宿の “椿三十郎” という焼鳥屋。週末の通常営業が終わると焼鳥を焼いていた台の場所にターンテーブルを置くというスタイルだったので、DJ はみんな汗ダラッダラでした。その頃はいわゆるレアグルーヴ DJ として、ヒップホップ / レゲエとともに生音 (ソウル / ジャズ / ファンク / ラテン) をかけていましたが、同時にワールドミュージックにもどっぷりハマってました。いまだに生涯のベストライブの一つに挙げたいヌスラット・ファテ・アリ・ハーンのライブに行ったのもその頃。日本にいるパキスタン人全員か!というぐらい大勢の人がライブ会場に押し寄せて、ステージ前に集まってはトランス状態で踊り続ける、というある意味強烈な宗教体験でした。そういえばその頃 “バッド・ニュース”という音楽雑誌でバイトしていてクビになったことを今思い出しました。その後1990年代半ばにかけては、プレイする音楽がどんどんアブストラクトに、打ち込み系になり、トリップホップをはじめ UK ブレイクビーツものの比重が増えていきました。当時 DJ をしていたのは、西麻布の NOOSE という自分がブッキングをしていた箱やUFO、Jazz Brothers がレジデントを務めていた青山 Blue、Bar 青山、次郎長 Bar など伝説の小箱の数々。ジャングル / ドラムンベースをかけ始めたのも1995年頃で、Blue ではベースを上げ過ぎてスピーカーを飛ばし、クビになったという『ジャングリストいい話』もあります。その後は現在に至るまでの20年弱の間、常にドラムンベース / ジャングルは聴いてきましたが、過去のことを余りにも語り過ぎたので、テクノとの出会いや影響、ハウスに対する複雑な感情、そして現在興味がある音楽については、また改めてどこかに書きます。
今後の活動予定などを教えてください。
ここ数年は特に顕著ですが、元々ドラムンベース以外のパーティーへのブッキングが多いのが僕の特長です。JUST ドラムンベースなパーティーも、ジャンル越境型のパーティーも、どちらも自分の音楽生活に必要な成分なので、これからも両方のパーティーで DJ 活動を続けていくと思います。このインタビューが掲載される7月後半から8月にかけては、8月23日の Soi 17周年からロブ・スミス師匠やニック・マナッサの来日公演への出演、新潟、名古屋でのベースミュージックパーティー、毎年夏のお楽しみのラテン パーティーまでジャンルも箱も多種多様。詳しくは Facebook や Twitter などでチェックしてください。今年は曲制作も… マイペースで。

ありがとうございました。

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